松任谷由実(ユーミン)と松任谷正隆の馴れ初めは?子供を作らなかった理由とは?

2人の出会いや結婚至った馴れ初めが、素敵らしいので紹介したいと思います! また、お子さんを作らなかった理由も紹介します!

松任谷由実さんと松任谷正隆さんの馴れ初めは?

松任谷正隆と荒井由実さんはどんな経緯で結婚に至ったのでしょうか? 松任谷正隆は、1973年に細野晴臣さん、鈴木茂さん、林立夫さんと『キャラメル・ママ』というバンドを結成します。 そして、キャラメル・ママのメンバーを中心に『ティン・パン・アレイ』というバンドに移行しました。 その頃編曲家としても本格敵的に活動し、音楽特番『セブンスター・ショー』のバック担当として出演するようになります。 この『セブンスター・ショー』の番組ホストをしていたのが荒井由実さんでした! 『セブンスター・ショー』でかまやつひろしさんと荒井由実さんが歌うバックでティン・パン・アレイがコーラスしている映像のツイートです。 この番組共演がきっかけで、2人は交流を深めていきます。 最初は音楽的なことで口論ばかりしていたそうですが、荒井由実さんは「ミュージシャンくさくなくて、考え方も真面目。しっかりしている人だなあ」とも感じていました。 また、レコーディングに苦戦している荒井由実さんに松任谷正隆さんは「何の花が好きなの?」と声をかけたそうです。 「ダリアが好き」と答える荒井由実さんに、翌日ダリアの花束をプレゼントしました。荒井由実さんは花束を握りしめてレコーディングを行ったという微笑ましいエピソードもあります。 〈参照:日刊ゲンダイ〉 お互い近い存在になっていったお二人ですが、松任谷正隆が荒井由実さんと結婚を決めた理由はジブリ映画『風立ちぬ』の主題歌でもあった『ひこうき雲』だったという話があるんです! そして、1973年11月20日に発売された『ひこうき雲』 このサビ部分のコード進行で、通常ならGm7→B♭7→A♭M7となるセオリーを使わず、真ん中をB♭m7という進行にした荒井由実さんの才能に驚き、松任谷正隆が結婚を決めたという話もあります! ちょっと専門的すぎて私には分かりませんが、松任谷正隆さんは荒井由実さんの音楽の才能に惚れたということでしょうかね! 1974年ごろからフォーク関係者の間で「荒井由実はどう見ても松任谷正隆と恋仲だよ。あの2人の呼吸の合い方は絶対に他人同士じゃないよ」というウワサが流れるようにようなり、1975年3月には交際報道が流れました。 当時は荒井由実さんは多摩美術大学の日本画専攻に在学中でした。 こうして松任谷正隆さん25歳、荒井由実さん22歳の時結婚しました松任谷正隆荒井由実結婚式 [ad5]

松任谷由実さんと松任谷正隆さんが子供を作らなかった理由とは?

お2人にはお子さんがいらっしゃいません。 結婚するときの唯一の条件は『子どもを作らない』であったと言われています。 松任谷由美さんは子供が嫌なわけではなく、子供ができてしまうと松任谷由美らしさがなくなってしまうという理由からでした。 〈参考:東洋経済online(toyokeizai.net)〉 松任谷由実さんの知る人ぞ知る名言でも、子供をつくらなかった理由があります。 松任谷由実さんは結婚した当初、専業主婦になる考えもあったそうですが、専業主婦は性に合わなかったいいます。 そして1年の休業を経て松任谷由実として再活動したのでした。 荒井由実と松任谷正隆 『子供を作らない』という決断を貫き、夫婦二人三脚で、40年間松任谷正隆さんはプロデューサーとして松任谷由実さんを支え、松任谷由実さんは素敵な曲やパワフルなライブを続けて来たんですね! [ad6]

松任谷由実と松任谷正隆の馴れ初めは?まとめ

松任谷由実さんと松任谷正隆の結婚についてのまとめです。 ・1973年荒井由実さん(旧姓)がホストをしていた番組『セブンスター・ショー』のバックコーラスとして松任谷正隆さん共演し交流が深まる ・1973年に発売された『ひこうき雲』のサビの部分のコード進行に松任谷正隆さんは荒井由実さんの才能に魅力を感じる ・荒井由実さんがレコーディングで苦戦している時は、荒井由実さんが好きなダリヤの花束をプレゼントしたこともあった ・1976年2人は結婚 ・結婚にあたっての松任谷由実さんの出した条件が『子供を作らない』 ・子供をつくらない理由は、子供ができてしまうと松任谷由美らしさがなくなってしまうから 松任谷由実さんの数々の素晴らしい楽曲の裏には松任谷正隆の愛の支えが常にあったんですね! ]]>