桂歌丸の身長や年齢などプロフィールまとめ!若い頃の写真や人柄は?
落語家の桂歌丸さんをご存知でしょうか?
毎週日曜日の夕方17時30分より放送される国民的人気番組「笑点」で、2006年から2016年まで5代目司会を務めたことで知られています。
桂歌丸さんは日本を代表する落語家で、落語をたくさんの方に知ってもらうために様々な活動をしてきました。
1951年から2018年まで、67年にわたって落語家として活動しました。
2004年には落語芸術協会の会長に就任し、2005年に芸術選奨文部科学大臣賞受賞、2007年には旭日小綬章(日本の勲章)を受章する等、まさに「日本の宝」といえる功績を残しました。
それだけ素晴らしい方だったのですね。
そんな桂歌丸さんを「人間国宝」にしようと、6代目三遊亭円楽さんをはじめとする落語会の方々が署名活動をおこない、7万人を超える署名が集まりました。しかし、認定される前に桂歌丸さんが亡くなったため、人間国宝になることは叶いませんでした。
ちなみに人間国宝とは、伝統芸能の技術技能継承をきちんとして、次の世代に一生懸命受け継いでいる人間として文部科学大臣が認定するものです。
貴重かどうか、技術が高度かどうか、後継者の育成は必要か等様々な厳しい審査を経て人間国宝になれます。
今回はそんな「桂歌丸」さんの経歴や人柄について、プロフィールとともに振り返ります。
・桂歌丸のプロフィールまとめ!身長や年齢は?
・桂歌丸の若い頃
・桂歌丸の人柄は?
桂歌丸のプロフィールまとめ!身長や年齢は?
桂歌丸さんのプロフィールは以下です。
名前:桂 歌丸(かつら うたまる)
本名:椎名 巌(しいな いわお)
生年月日:1936年8月14日(2018年7月2日に81歳で死去)
出身中学校:横浜市立吉田中学校(神奈川県横浜市中区)
出身高校:横浜市立横浜商業高等学校定時制中退
身長:165cm
体重推定:35kg前後
血液型:A型
趣味:釣り(川、湖)、切手収集、歌舞伎鑑賞 、化石コレクター、ジッポー集め
事務所:株式会社オフィスまめかな
■経歴
小学校4年生の頃に落語家になると決意し、中学校3年生(1951年)には5代目古今亭今輔さんに弟子入りし、「古今亭今児」と名乗った。
1964年:桂歌丸に改名。
1965年:「金曜夜席」大喜利メンバーとして初出演。
1966年:日本テレビ「笑点」の大喜利メンバーとして出演。
1968年:真打に昇進 (落語界の身分で最も高く優れている)。
1979年:文化庁芸術祭賞受賞。
1991年:横浜文化賞受賞。
2004年:落語芸術協会会長就任。
2005年:芸術選奨文部科学大臣賞受賞。
2006年:5代目「笑点」の司会に就任。
2007年:旭日小綬章受章 (日本の勲章)。
2010年:横浜にぎわい座の2代目館長に就任。
2016年:「笑点」司会を勇退。後任は春風亭昇太さん。
2018年4月:国立演芸場での高座が最後の出演となる。
2018年7月2日:慢性閉塞性肺疾患のため死去(81歳)。
これだけ見ても、かなり長い芸歴と素晴らしい賞を受賞していたことが分かりますね。
桂歌丸の若い頃
桂歌丸さんの若い頃の写真を紹介します。
渋くてかっこいいですね!
晩年になっても若い頃と顔立ちがあまり変わらないと言われ、ファンの間で「歳を重ねても変わらない」と話題になっていました。
桂歌丸さんは、当時高価だったラジオを持っていて4歳の頃からラジオで落語をよく聞いていたそうです。
この頃から落語に興味を持ち始め、小学校4年生で「絶対落語家になりたい!」と決め、よく先生に頼まれて授業中に落語を演じていたそうです。
これが大好評で隣のクラスの先生からも「落語をやってほしい」と頼まれたことがよくあったそうです。
既にこの頃から才能を発揮されていたんですね。
そして古今亭今輔さんに弟子入りしますが、21歳の頃に結婚しています。
そして、その頃からかなりの天狗になったという桂歌丸さん。
天狗になるとお客さんが離れて行き、落語では生活できなくなったので化粧品のセールスをやっていた時期もあったんだとか!
この時のことを以下のように話しています。
この苦労した時期があったからこそ、桂歌丸さんは真打になっても低姿勢で、付き人にもカバン持ちをさせないほどの徹底ぶりを貫いていたそうです。
また以前一般の方に「笑点ではただ座っているだけでいいね!」といわれると、
「あれも楽じゃないんだよ~。」と笑って握手をしたとか。
普通は怒りそうですが、かなりできた方でした。
後輩の方々に慕われ、尊敬されていたことがうかがえます。
もう1つ若い頃の貴重な写真を。
桂歌丸さんと立川談志さんとのツーショットです。
桂歌丸の人柄は?
桂歌丸さんの人柄がうかがえるエピソードを紹介します。
妻の椎名冨士子さんが喪主を務め、近親者による葬儀(7月10日)を経て、7月11日には横浜市港北区の妙蓮寺で一般向けのお別れ会が開かれ、関係者やファンら約2,500人が参列しました。
桂歌丸さんは2008年度から肺炎、肺気腫、慢性閉塞性肺疾患を患い、助骨骨折で入院するなど、晩年は入退院を繰り返していました。
体調を心配する声も多く聞かれましたが、2018年4月19日の国立演芸場での高座を最後に、同年7月2日、81歳で亡くなりました。
以上、今回は桂歌丸さんのプロフィール(身長や年齢など)、若い頃の写真や人柄について紹介しました。
桂歌丸さんは数々の賞を受賞し、落語に生涯を懸けてきた方だということがよく分かりました。
若い頃のダンディーな写真にときめきましたが、容姿は年をとってもあまり変わらず素敵な方でした。
「人間国宝」を目指す署名活動には7万人を超える賛同が集まりましたが、認定を待たずして2018年に81歳で亡くなり、叶うことはありませんでした。
どこまでも人間味のある知的で凄い方でした。
改めて、ご冥福をお祈りいたします。


